お茶っていうお稽古事は、終わりがないもの。
っていうか 終わりが見えないものだと思うんです。
茶道っていいますよね。
この「道」という文字がついたものって
それの技術だけを学ぶのではなく
結果的には精神修行が大事といったものなんですね。
たとえば、書道。
これも 単に字が上手になればいいってものではありません。
華道。
こちらも 宇宙との一体感を花を通して学んでいくものなんです。
剣道なんかもそうですよね。
剣術っていうのは 技術を学ぶものなんですが、
剣道となると
この剣術を通しての精神修行で
礼儀作法等も含まれてくるわけです。
どこからどこまでが技術のみで
どこから先が精神修行なのかっていう
ボーダータインはわからないのですが。
そんなこともあるので
このお茶っていうのは単にお茶を点てたり、
飲み方を学ぶわけではなくて
日本文化を学び、
そこから人への思いやりとかもてなす心なんかを
育てていくってことなんです。
そうなると 最終的な目標てのは どこなのか?って
すごく気になりますよね。
千利休という人は 千宗易という名前なんです。
この宗の字を一文字いただく事を 茶名をいただくといいますが
ここを最終目標としてる人が多いです。
たしかに 名前を名乗れるようになるので
見てわかるものだし はっきりしているのですが
この名前をいただくというのは最終目標ではないんですよ。
どちらかというと やっと入り口に立てたってことなんです。
つまり今までは準備段階。
そしてやっと入り口に立てるようになったので 名前をいただいてやっと
勉強する準備ができたって意味なんですね。
そういえば 福井銀行って地域に優しい銀行みたい